詩『赤い回転灯』

『赤い回転灯』


丑三つ時にサイレンの
四方八方発狂し
回転灯は掻き乱す
煙の行方われ先に
屋根の向こうを見渡せば
けがれた地上の灰を吹き
天に昇るは龍のごとし
炎の乱舞見惚れても
燃えろよ燃えろと踊るなかれ
踊るなかれぞ我が身にも
降りかかろうぞ
火の粉の呪いに


             YO-EN


午前2時頃、ちょうどお風呂に入っていた時だ。
けたたましく消防車のサイレンが鳴り響いた。
消防車の数から大きな火事か?場所は商店街の方か?あそこは火事になったらヤバイ所だなと頭をよぎる。
うむむと顔をしかめ湯船に顔を浸けると遠い記憶が蘇った。

あれは小学高学年の頃、昼間だから休校日だろう。
近所の小さな工場で火が上がり、細い道路に消防車が数台も駆けつけたので、近くの住民は騒然となった。
親も私も友達も、燃え盛る現場に走って見に行き、消火するまで見届けていた。

そこは建物の穴という穴から、猛然と吹き上げる煙や炎の熱気と、バチバチ焼ける音や焦げた匂い、消防隊員の勇ましい掛声、赤い回転灯がせわしなく建物を舐め回し、テレビや映画ではないリアルな現実があった。

私は、工場関係者の人、心配そうな表情で見守る近所の住民、ただの野次馬が、それぞれどんな表情をしているのか気になった。
大半の大人たちは、時折何かの爆音がすると、驚きと歓喜の入り混ざった声をあげ、まるでクライマックスを待ちかねている観客にさえ見えた。
そんな恍惚した表情に怒りと嫌悪を感じたが、その時私の目もすでに炎に取り憑かれていたのである。

さて翌日のニュース番組で、火事の現場は付近の住宅街の一家で、逃げ遅れたお年寄りなど三人が焼死体となって発見されたと報道していた。
幸いにも私の家族親族で火事になったものはいない。
私は形容し難い重い気分で黙ってコーヒーをたてた。