ひとつだけ、

 駅の構内にあるシュークーリーム屋さん。
甘いクリームの匂いに、ついと引きつけられて、購入する客が絶えない。甘いものに目がないという私でもないが、仕事で疲れた際には、思わず足が向く。
 買おうかどうか迷っていたら(正月太り、カロリー高い、待ち時間など)、そのうち客の女が『○○を1つ下さい!』と人差し指を立てて少し声高に言った。
そして『いま食べるから、袋は要らないです』と小銭を差し出し、なにやら書類などで膨らんだビジネスバッグを肩に、右手にはシュークリームを、まるで鼻歌でも歌っているような足どりでホームに去っていった。

 私は思わずニンマリとしてしまった。

いつでも相方と購入個数の事で喧々諤々するのだ。
ケーキ屋さんでもケーキ1個、パン屋さんでもアンパン1つ、食べ歩きに焼きたてみたらし団子1本、たとえ1つでも自分のほしい分だけ購入する私と、二人分でもドーナツ10個も買ってくる彼。
10個のドーナッツは豪勢で嬉しいけど、こんなに買ってきてコーヒー何杯飲むんだ?5個買いで充分、2回も楽しめるじゃないのよ〜、などと余計な事を言って彼の虚栄心を砕く。

『1個だけなんて恥ずかしくて、買う奴の気が知れない。もはや人間じゃない!!!』彼談

 そんなの意味無し!と豪語しても本当は、1個買いに少し後ろめたく、なにやら言い訳がましくなるの。
だから、あの女の人が、1個買いで何か悪いかしら?と堂々としていても、心の中では少し恥ずかしくって、反動で、声高となり、人差し指おっ立てとなりました!ではなかろうか。

 そんな同士とも思えた彼女の後ろ姿に『ふぁいと〜』とつぶやき、後ろ姿に熱く視線を送っていた私は、結局、乗り換え時間が迫り、シュークリームを買わず仕舞いだった。