ゆきみ

 

 ゆきみは、私と同じ町内で同級生の女の子。そして、同じ水商売の子。
 私たちは二人姉弟という点も一緒で、私には2歳下の弟がいて、ゆきみには父親違いの6歳下の弟がいる。
 ゆきみの家は、ほんの歩いてすぐだ。下がお店で、上2階が住居というのも同じ。勝手口のような玄関を入ると、やっぱりお酒のすえた匂いがする。でもうちの匂いとは違う。私が、「あー、ゆきみん家の匂いやー」と言えば、ゆきみは、うちに来て「あー、ヨシエん家の匂いやー」と言う。そして「私んとこはスナックやけど、あんたんとこはバーやから、客の横に座ってお酒をついだり、ダンスしたりするやらあ」と横顔で嫌なことを言う。ゆきみは普段から私に、スナックよりバーの方が、汚らわしいと言う。それを言われると私は自分が汚れたようで胸が痛くなる。
 ゆきみん家に行くと、痩せすぎたゆきみのお母さんが、「ヨシエのお母さん、お酒飲みすぎてないかあ?お父さんと、ケンカばっかしてるやろ?」とタバコ臭い部屋の中、ダミ声で聞いてくる。そのあと決まって「お腹空いてないか?ラーメン食べるか?」と言う。
 「ゆきみが、ヨシエと一緒のスポーツバレー団に入りたいと言っているから、よろしく頼むわなー」と言うので「はぁい」と答えると、ゆきみが「うるせえババア、はよ行こ」と急かす。私は変にヘラヘラペコペコしながら、物置のような階段を上がり、ゆきみの部屋に行った。
 私の友達で親の事をババア、ジジイと言うのは、ゆきみだけだ。
 それから、ゆきみが部屋のドアを閉めて、窓を開けると「いいもん見せてあげる」と言って、ベッドの下から、灰皿と、セブンスターを出してきた。
 「吸う?」と聞かれて、ためらっていると「吸ったことないの?」と言ってニヤついた。
 
 時々、ゆきみは、私を喫茶店に連れて行く。そして私にもトーストとジュースをおごってくれる。私はいつもミックスジュースを注文する。オレンジやコーラやジンジャーエールやサイダーは、いつも家にあって飲めるからだ。レモンスカッシュやメロンソーダも家で作れる。
 初めのうちは、子供だけで喫茶店に入るだけで身体が震え、居る心地がしなかった。ジロジロ見るし、通報されて学校の先生が来るんじゃないかと、はらはらしたけど、そのうちに私も周りも気にしなくなった。
 それに喫茶店のトーストは、家で食べるパンと違って、ぶ厚くて、ふわふわで、バターがたっぷり染み込んで、いい匂いがして、本当に美味しい。この前は、ゆきみがトーストの上に、砂糖を少しだけかけたら、もっと美味しくなってびっくりした。
 うちのお父さんは、ゆきみと遊ぶなと言うけれど、ゆきみは、美味しい食べ方や、私の知らない食べ物を教えてくれる。
 
 「吸ったことがないの?」
 一瞬ためらって「あるよ」と答えてしまった。なのにライターは空回りして火が点かない。呆れたゆきみが私の手から毟り取り、勢いよく火をつけた。
 小さな閉め切った部屋は、たちまちタバコの匂いが充満し、目や鼻がえづく。それにさっきから、いけないこと!いけないこと!と警告の緊急サイレンが身体中うるさく鳴り響いてクラクラする。私の指先に火のついたタバコがあって、煙が小刻みに震えていた。
 「早く吸ってみやあ」と急かされて、私は思いっきりそれを吸いこんだ。
 爆発した!途端に熱くて辛くて苦い煙が喉を突いて、顔が真っ赤になる程、激しく咳込んだ。
 耳をつんざくようなゆきみの笑い声と、私の異常な咳を聞いてか、下からおばさんが「ゆきみぃ、あんたら、タバコ吸ってないやろうな」と言った。
 ゆきみは、鼻の下を伸ばして、私に向かって人差し指を口に突き立てた後、窓からタバコをぽいっと捨てて「吸ってへんわ、ババア」と空に叫んだ。

 「誰に向かってババア言うとんのじゃ、このガキはあ」と、しゃがれたこだまが返ってきた。  (ヨシエちゃん、六年生夏)